日本海海戦「本日天気晴朗ナレ共浪高シ」

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日本海海戦(日本連合艦隊 VS ロシア・バルチック艦隊)

日露戦争の勝敗を決するには、ロシアの大艦隊"バルチック艦隊"を潰滅させることであった。
前年10月バルト海のリバウ港を出発したバルチック艦隊(ロジェストウェンスキー司令長官)は、1万8000海里を遠征して、1905年(明治38年)5月27日、対馬海峡に達した。

ロシア艦隊の進路を対馬海峡と予想していた日本連合艦隊(司令長官・東郷平八郎)は、
長途の遠征に補給・士気が下がったロシア艦隊に対し、訓練豊富で優勢に立ち、また作戦参謀秋山真之の緻密な戦略と計算によって、二日間の激しい砲撃戦の末、ロシア艦隊38隻のうちウラジオストクに辿り着いたのは4隻という潰滅的な打撃を与え、見事勝利をおさめた。

この海峡での日本の圧倒的勝利により、日露戦争終結の講和問題が具体化する。

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連合艦隊の戦略

ロシア艦隊を一隻も損なうことなくウラジオストク港に集結するには、以下の3つの出方がある。

  1. 日本艦隊の勢力を分散するため、小笠原諸島を一部で占領する
  2. 兵力を二分し、高速戦艦隊で対馬海峡を突破してウラジオストクへ、他の艦隊を太平洋経由で同じくウラジオストクへ向かわせる
  3. 全艦隊を細分、小単位に再編成し、ゲリラ方式で行けるところから行く

秋山真之は3番目の出方が一番艦定数を温存できると考え、ロシア艦隊の動きを予測する。

哨戒計画

日本連合艦隊はロシア艦を発見するために漁船まで動員して哨戒活動を行う。
その数73隻。絶対見逃すことが許されないこの活動を以下の計画にて行う。

  1. 済州島と佐世保港を線で結び、それを一辺として正方形を描く
  2. その正方形の中を逐次、碁盤の目のように細かく分画する
  3. 出来上がった縦横数十区に、一つひとつ哨戒用の戦艦を配置し、監視を行う

これは世界初の独創的な計画であった。

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連合艦隊の戦術

先の黄海海戦においてロシア艦隊大砲の火力は日本側の2倍の威力であるが、発射速度はおそよ3分の1と推察できた。しかしながら、唯一大口径砲の数では劣るため、数的優位な中口径砲射程距離(5000m)に敵を誘導することが必勝条件と定める。

丁字戦法(東郷ターン)

日本海に出現したロシアの大艦隊。戦術的優位にたつためにも連合艦隊は数年前から練りに練ってきた丁字戦法、いわゆる敵前大回頭を敢行する。後にうたわれる東郷ターンである。

敵前で日本艦隊がターンをして、丁字の横棒となり、縦棒をなす敵艦隊の頭を押さえつける形で進路を阻む。縦列のロシア艦隊の後半部分は距離が遠く有効確実な砲撃はできなくなる為、日本艦隊は敵艦の先頭部分に一斉射撃を集中し各個撃破を行うことができる。さらには、第二戦隊と共にバルチック艦隊を挟撃(乙字戦法)し完膚なきまでに撃滅する。

丁字戦法の弱点

丁字に持ち込むためには、日本艦隊がある一点で順次ターンを行わなければならない。黄海海戦ではその回頭が3分送れたために、敵を打ちもらしたという反省がある。また、その一点にロシア側が集中砲火を浴びせれば、逆に日本艦隊が次々とやられることになる。

丁字戦法の意義

Z旗対馬沖を北上するロシア艦隊と南下する日本艦隊が"すれ違いの形"で撃ち合っても、撃ちもらした敵艦船はそのままウラジオストックに逃げ込んでしまう。今後、ロシア側がゲリラ戦をしかけてきた場合に日本艦隊は陸軍への物資の輸送を阻まれてしまう脅威となる。

ロシア艦隊の壊滅こそ"必勝"であり、丁字戦法は"背水の陣"でのぞむあらわれであった。

七段構えの戦法

一隻の軍船もウラジオストク港に入れない周到な迎撃作戦計画

第一段
主力決戦前夜、駆逐艦・水雷艇隊の全力で、敵主力部隊を奇襲雷撃
第二段
わが艦隊の全力をあげて、敵主力部隊を砲雷撃により決戦
第三・四段
昼間決戦のあった夜、再び駆逐隊・水雷艇隊の全力で、敵艦隊を奇襲雷撃
第五・六段
夜明け後、わが艦隊の主力を中心とする兵力で、徹底的に追撃し、砲雷撃により撃滅
第七段
第六段までに残った敵艦を、事前に敷設したウラジオストック港の機雷源に追い込んで撃滅

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13:55

沖ノ島西方沖を走る戦艦三笠のマストに信号旗「Z旗」がひるがえる

皇国ノ興廃此ノ一戦ニアリ、
各員一層奮励努力セヨ

14:02

連合艦隊針路を南西に変更

14:05

取舵一杯

先頭の三笠が急に東北東に変進、後続の第一・第二戦隊も変進

14:08

スワロフ射撃開始(距離7000m)

14:10

三笠射撃開始(距離6400m)

14:13

三笠の試射弾がスワロフに命中

14:20

敵前大回頭完了

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連合艦隊・第三艦隊の戦時編成

連合艦隊(第一艦隊、第二艦隊)編成表

第一艦隊
司令長官 東郷平八郎大将   参謀長 加藤友三郎少将
第一戦隊
(司令官・三須宗太郎少将)
【戦艦】 三笠敷島富士朝日春日日進
第三戦隊
(司令官・出羽重遠少将)
【巡洋艦】 笠置千歳音羽新高
【通報艦】 龍田
第一駆逐隊
(司令・藤本秀四郎大佐)
【駆逐艦】 春雨・吹雪・有明・霰・暁
第二駆逐隊
(司令・矢島純吉大佐)
【駆逐艦】 朧・雷・電・曙
第三駆逐隊
(司令・吉島重太郎中佐)
【駆逐艦】 東雲・薄雲・霞・漣
第十四艇隊
(司令・関重孝少佐)
千歳・隼・真鶴・鵲
第二艦隊
司令長官 上村彦之亟中将   参謀長 藤井較一大佐
第二戦隊
(司令官・島村速雄少将)
【戦艦】 出雲吾妻常盤八雲浅間磐手
第四戦隊
(司令官・瓜生外吉中将)
【巡洋艦】 浪速高千穂明石対馬
【通報艦】 千早
第四駆逐隊
(司令・鈴木貫太郎中佐)
【駆逐艦】 朝霧・村雨・朝潮・白雲
第五駆逐隊
(司令・広瀬順太郎中佐)
【駆逐隊】 不知火・叢雲・夕霧・陽炎
第九艇隊
(司令・河瀬早治中佐)
蒼鷹、雁・燕・鴿
第十九艇隊
(司令・松岡修蔵中佐)
鴎・鴻・雉

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第三艦隊編成表

第三艦隊
司令長官 片岡七郎中将   参謀長 斎藤孝至大佐
第五戦隊
(司令官・武富邦鼎少将)
【巡洋艦】 厳島鎮遠松島橋立
【通報艦】 八重山
第六戦隊
(司令官・東郷正路少将)
【巡洋艦】 須磨千代田秋津洲和泉
第七戦隊
(司令官・山田彦八少将)
【混合艦】 扶桑・高雄・筑紫・鳥海・摩耶・宇治
第十五艇隊
(司令・近藤常松中佐)
雲雀・鷺・鷂・鶉
第十逐隊
(司令・大滝道助小佐)
第43号・第40号・第41号・第39号
第十一艇隊
(司令・富士本梅次郎少佐)
第73号・第72号・第74号・第75号
第二十艇隊
(司令・久保來復少佐)
第65号・第62号・第64号・第63号
第一艇隊
(司令・福田昌輝少佐)
第69号・第70号・第67号・第68号
第三艦隊付属特務艦隊(仮装巡洋艦)
司令官 小倉鋲一郎少将   参謀 平岡貞一中佐
台中丸・亜米利加丸・佐渡丸・信濃丸・満州丸・八幡丸・台南丸・熊野丸・日光丸・春日丸・大仁丸・平壌丸・京城丸・愛媛丸・蛟龍丸・高阪丸・武庫川丸・第5宇和島丸・海城丸・扶桑丸・関東丸・三池丸・神戸丸・西京丸

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日本海海戦公報(大本営著)

5月27日以来継続中なる日本海海戦に関する連合艦隊司令長官東郷平八郎の報告左の如し

其一(5月27日午後着電)

敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動之を撃滅せんとす本日天気晴朗なれども浪高し。

其ニ(5月27日夜着電)

連合艦隊は、本日沖の島附近に於て敵艦隊を邀撃し大に之を破り、敵艦少くも4隻を撃沈し、其他には多大の損害を与えたり。我が艦隊には損害少し。駆逐隊、水雷艇隊は日没より襲撃を決行せり。

其三(5月29日午前着電)

連合艦隊の主力は、27日以来残敵に対して追撃を続行し、28日リャンコールド岩(竹島)附近に於て敵艦ニコライ第一世(戦艦)アリヨール(戦艦)セニャーヴィン(装甲海防艦)アブラキシン(装甲海防艦)及びイズムールド(巡洋艦)より成る一群に会し之を攻撃せしに、イズムールドは分離して逃走せしが、他の四艦は須臾にして降伏せり 我が艦隊は損害なし。捕虜の言に依れば27日の戦闘に於て沈没したる敵艦はボロジノ(戦艦)、アレキサンダー第三世(戦艦)、ゼムスチューグ(巡洋艦)外三隻なりと云う。捕虜、海軍少将ネボガトフ以下2千

(備考)
右の外本戦闘開始以来連合艦隊司令長官直卒以外の指揮官又は望楼の報告に係る敵の損害左の如し

  • アドミラル・ナヒモーフ(巡洋艦8524トン) 撃沈
  • ドミドリー・ドンスコイ(巡洋艦6200トン) 撃沈
  • ウラジミール・モノマフ(巡洋艦5593トン) 捕獲沈没
  • スウェートラーナ(装甲海防艦4126トン) 撃沈
  • カムチャットカ(特務艦7207トン) 撃沈
  • イルチッシュ(特務艦7507トン) 撃沈
  • 大型特務艦(艦名不明) 一隻捕獲
  • 駆逐艦三隻撃沈、同一隻捕獲

其四(5月30日午後着電)

5月27日午後より翌28日に亘り沖の島附近より鬱陵島附近までの海戦を「日本海海戦」と呼称す。

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