水軍

村上水軍の栄枯盛衰(年譜)

紹介 年譜 海将 家系 御島

HOME > 水軍 > 村上水軍 > 年譜

村上水軍の年譜

西暦 年号 出来事
646年 大化2 国郡制度を敷く、伊予の国府を越智郡に置く
663年 天智2 白村江の戦いに大敗し、越智直ら捕虜になる
838年 承和8 南海・山陽道諸国に海賊追捕が命じられる
867年 貞観9 伊予国宮崎村に海賊群集し掠奪を事とする
881年 元慶5 山陽・南海道諸国に出没する海賊を追捕する
933年 承平3 南海道諸国に警固使を置く
939年 天慶2 伊代の海賊首領・藤原純友、乱を起こす
941年 天慶4 藤原純友、伊代の警固使・橘遠保に討たれる 
1129年 大治4 越前守・平忠盛、山陽・南海両道の海賊を追捕す
1135年 保延元 平忠盛(海賊追捕使)、西海の海賊を捕え帰京す
日高禅師を首魁とする海賊衆、検非違使に引き渡される
1168年 仁安3 平清盛、安芸に厳島社を造営する
1180年 治承4 平清盛、大輪田泊を修築
河野通清、源頼朝に応じて兵を上げる
1181年 養和元 村上通清・通教・清長ら、奴可西寂に討たれる
伊代の河野四郎・越智通清、平氏に背くため伊代を押領しようとする
阿波田口成良、平家の使として伊代に乱入、河野以下の在庁等と合戦
1184年 寿永2 河野通信、西寂を討つ
1185年 文治元 河野通信ら水軍を率いて源義経の軍に加わる
周防在庁船所五郎正利、源氏に軍船を献上
1188年 元歴2 河野通信、兵船を率いて源義経の軍に加わる
1192年 建久3 源頼朝、征夷大将軍となる(鎌倉幕府成立
1221年 承久3 承久の乱起こり、河野通信、奥州に流され、一族処分される
1274年 文永11 文永の役(元寇)
1281年 弘安4 弘安の役(元寇)で河野通有ら奮戦、村上頼久戦死
1308年 徳治3 河野通有、西国と熊野の海賊追捕を命ぜられる
1314年 正和3 越智郡高市郷地頭小早川氏の代官影房、海賊人右衛門五郎、
雅楽左衛門次郎を捕らえて賞される
1319年 元応元 小早川朝平、伊代海賊・弥五郎家秀を捕える
瀬戸内沿岸の地頭・御家人、海賊取締りについて起承文を提出
瀬戸内十二ヶ国の要所に警固所を設置
1321年 元応3 幕府、河野通有と土居通増に、警固番所のある忽那島で
海上警固の指揮にあたらせる
1324年 正中元 海賊の城郭を取締る
1333年 元弘3 鎌倉幕府滅亡
1335年 建武2 足利尊氏征夷大将軍となる(室町幕府成立
1349年 貞和5 「野島」初見
1400年 応永7 幕府、河野通之に命じ今岡氏らの海賊が越智郡大島を侵すのを止めさせる
1403年 応永10 幕府、関方の前伯耆守通定に遣明船の警固を命じる
1428年 正長元 山名時煕、因島村上氏に多島地頭職を与える
1434年 永享6 幕府、伊予・周防の海賊衆に命じて遣明船帰国の警固に当たらせる
細川氏、伊予の海賊衆能島・関立等の討伐を塩鮑衆に命じ、
かつ安芸の小早川氏に協力を依頼する
1449年 宝徳元 河野教通、村上吉資の佐札城における戦功を賞する
1450年 宝徳2 村上吉資の被官宮地氏ら、因島に金蓮寺を造営する
1467年 応仁元 応仁の乱はじまる
1508年 永正5 大内義興警固衆沓屋氏の対武田戦の功を賞す
大内義興、因島村上氏に警固船を申し付ける
1524年 太永4 伊予大浜の村上氏社殿を造営する
1532年 天文元 村上武吉、能島本家の庶流として誕生(能島騒動
1541年 天文10 能島村上氏、尼子氏に応じ厳島を攻め大内義隆と戦う
大内方の白井氏、大三島、甘崎、岡村、能島、因島などを攻撃する
1552年 天文21 陶氏、厳島における村上氏の関銭徴収権を停止する
1553年 天文22 村上武吉の長男元吉誕生
1554年 天文23 毛利元就、警固衆飯田氏に出船を命じる
旧大内氏、白井氏を警固奉行人に任命する
1555年 弘治元 毛利元就、小早川隆景に水軍派遣を依頼する
小早川隆景、村上又三郎(吉充)に向島を与えることを約する
村上武吉の次男景親誕生
村上三家、毛利元就に味方して、陶晴賢を厳島沖に敗る(厳島合戦
1557年 弘治3 毛利隆元、来島通康の来援を河野氏に謝する
1558年 永禄元 来島通康、周防屋代島の内を浅海氏に与える
1561年 永禄4 毛利氏と大友氏、関門海峡で海戦する
1563年 永禄6 来島通康、能美島の内を能美氏に与える
1569年 永禄12 村上武吉、大友義鎮に通じ、船団を上関に止める
1570年 元亀元 村上武吉、毛利氏と盟約を結ぶ
村上牛松(通総)、河野通直に背く
1571年 元亀2 村上武吉、大友内通により小早川・来島氏に攻められ降伏(能島合戦)
三好実休、村上武吉の讃岐表の馳走を謝する
1572年 元亀3 織田信長、村上武吉に鷹の造付を謝する
村上武吉・来島通總、大友宗麟の仲介で和睦する
1576年 天正4 毛利氏、織田信長と断交する
村上氏ら、毛利勢に加わり本願寺光佐を助けて摂津木津河口で
織田信長軍を撃破する(第一木津川合戦
織田信長、塩飽船の堺津往来を認める
1577年 天正5 村上武吉ら、小早川隆景を援けて長宗我部元親の兵を破る
1578年 天正6 織田水軍九鬼氏ら、鉄甲船で毛利水軍を破る(第二次木津川合戦
1581年 天正9 能島衆、ルイス・フロイスの船を警固する
村上元吉、厳島の御師に過所旗(通交安全証)を与える
伊予来島氏・村上通康、豊臣秀吉に属する(村上三家の分裂
毛利方の拠点、淡路の岩屋落城する
1582年 天正10 来島氏、二神氏の毛利水軍との戦功を賞する
能島・因島両村上氏、来島村上氏を攻撃する
来島通昌、忽那島で敗れ、京都にのがれる
豊臣秀吉、淡路洲本城の菅氏を粉砕する
1583年 天正11 村上元吉、俊成氏に所々浦々の知行を与える
1585年 天正13 毛利輝元、警固船を紀伊・雑賀に出船させる
毛利輝元、秀吉の命で来島氏の帰国を許す
小早川氏、警固船を和泉岸和田に集結させる
毛利水軍、四国征伐の準備をする
塩飽衆、九州征伐に軍船10艘をだす
1586年 天正14 イエズス会のコエリョ神父、能島を訪れ、元吉と会見
1587年 天正15 豊臣秀吉、海賊禁止令を発する
村上元吉配下が、伊予斎島で海賊事件を起こす
小早川景隆、筑前・筑後・肥前に移封される
福島正則、越智郡以東11万石を領し湯築城から国府城に入る
1588年 天正16 豊臣秀吉、村上氏の海賊行為を叱責する(海賊禁止令発布
村上武吉・元吉父子、筑前加布里に移住
1592年 文禄元 村上武吉・景親、吉川広家に従い、朝鮮に出陣し活躍(文禄の役
1593年 文禄2 小早川隆景、村上武吉の朝鮮における戦功を賞する
1597年 慶長2 小早川隆景死去
村上武吉・元吉、毛利家に帰参し、安芸江波(竹原)に移住する
来島通総、朝鮮水軍の将李舜臣と戦って没する
1598年 慶長3 村上景親、朝鮮西生浦に在番する(慶長の役
豊臣秀吉死去
1600年 慶長5 村上元吉・景親、毛利輝元の命で阿波猪山城を落とす
景親、小早川秀秋に属し、上方で転戦
村上武吉・元吉、伊予松前城を攻める(三津浜合戦
古三津苅屋口で佃十成の夜襲を受けて壊滅する
村上元吉、戦死(享年48歳)
藤堂高虎、伊予半国(20万石)を領有し国分山城に入城
村上武吉・景親、周防大島郡に扶持を与えられ、移住する
1601年 慶長6 久留島康親、豊後国玖珠郡森に転封される
1604年 慶長9 村上武吉、没(享年79歳)
1610年 慶長15 村上景親、没(享年53歳)

このページのトップに戻る