伊予は水軍の国である
源平のころにはすでに瀬戸内海の制海権をもち、源氏も平家もそれぞれこの水軍を抱きいれようと腐心し、 最初平家に属したために平家は瀬戸内海岸に源氏を一兵も近づけなかった。 のち源氏に属したために制海権は源氏にうつり、平家はついに壇ノ浦でほろんだ。
司馬遼太郎著 『坂の上の雲』より
伊予水軍は、急潮渦巻く来島海峡周辺の地を発祥とします。発生期の水軍というのは、漁村を生活基盤とし、舵取百姓とよばれる半農半漁の小在地勢力に率いられて、「いざ合戦」といえば船や乗組員を提供する漁業者集団で、合戦が終わり、報奨金を手にしたら、それで解散という臨時水軍であったと云われます。
しかし、鎌倉末期には自らの意志で「戦う集団」へと変貌してゆきます。元寇襲来の後の瀬戸内海のあまりの治安の悪さに、1320年(元応二年)鎌倉幕府は内海沿岸の有力御家人に対して、内海の要衝に海上警固番役所を設けて海賊の取締りを命じます。
また、その一方で伊予上島と呼ばれた越智群諸島やその周辺の地で、傭兵や海上の警備保障に従事する海上武装勢力が台頭します。警固衆同士の対立抗争のなかで、次第に頭角を現したのが村上氏であり、村上氏は水軍を組織化して、その地位を不動のものとしてゆきます。
司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公秋山真之は、海軍兵学校に合格した折に、兄・秋山好古より秋山家の祖先が伊予水軍であることを教えられます。その後、秋山真之は先祖の起こした「海戦兵法書」を学び、日本海海戦に於いてその戦術を活かすことになります。




