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秋山真之と日本海海戦

敵屍に祈る

日本海海戦の第二日即ち五月二十八日の午前十時頃の事であった。我艦隊は敵の敗残艦隊の主力を包囲し砲撃を開始したが敵は毫も応戦せず、敵の旗艦ニコライ一世艦上に何か信号旗らしいものが動いていた。距離が遠いので初めのうちは何だかハッキリわからなかった。

そのうちに、それが「降伏」という万国船舶信号であるということが判ったが、兎に角降伏を受付けることとして受降の軍使を派遣することになった。

その軍使に任命されたのが秋山参謀であった。

此際その前後の事情から見て軍使として行く将軍の胸中には相当の決心があった筈である。

扨て軍使は決ったが、誰か通訳が要る。三笠乗組では山本大尉が仏語に堪能だから、同大尉が通訳として将軍に随行することになった。山本大尉というのは今の帝室御用掛の山本信次郎少将の事である。

そこで秋山参謀と山本大尉の二人が愈々ニコライ一世に乗り込んで行った。行ったのは二人きりだからニコライ一世艦上の日本人としては秋山将軍亡き現在では山本信次郎少将一人しか知らないわけだ。

山本少将は当時の模様に就き次の如く語っている。

無論あの時私達は死を決していた。秋山参謀と二人水雷艇雉に乗って本艦を離れ、敵艦ニコライ一世に着いたが、その日は波が荒い上に、ニコライ一世という軍艦は舷側の斜角が急なので上にあがれない、そのうちに索梯がかかり、私の方が足場がよかったので、私は「お先に」と言って、秋山参謀より一足先に艦上にあがった。参謀も続いてあがられた。

舷上にあがるまでは、本艦からは双眼鏡で監視していたが、ニコライ一世は舷側が高いので、それに遮られて、もう本艦を望むことも出来なければ、本艦からも監視は届かなくなった。有体に言えば我々は艦上で何をやられたって、本艦では判らなくなったのだ。

艦上ではやはり、想像していた通りの異様な昂奮状態にあった。言葉はわからない何を言っているのかわからないが、艦上の水兵や将校が口々に何か罵り喚きながら右往左往して居る。一口に言えば容易ならぬ形勢の不穏さだ。で、我々の方でも危害を予想していたとはいえ、帯剣はしていても短銃その他特別の武器は一切携帯していなかった。何うせやられる日にはそんな物を持っていても始まらない、それより潔く武士らしい最後を遂げようと思っていた。

敵の将校の案内で我々は甲板を通って司令官の室に導かれた。秋山参謀は悠揚迫らざる態度で先に立って歩いて行ったが、途中で不図みると甲板上に戦死者の死骸が沢山横はって居て、水兵がそれをハンモックで包み、今や水葬礼をするに臨み、水兵各自の口から露語で祈祷の辞を捧げているのである。考えてみると、私の方でも多少昂奮していたのと、言葉がわからないのとで、実は最初彼等の形勢不穏に見えたのは、それらの祈祷の声と、水葬の準備の為め騒いでいたのが、穏かならぬ空気に感じられたのであった。

戦死者水葬礼の光景を目撃すると、こっちの大砲でやられた人々とはいえ既に降伏した敵である。何となく哀れが催される上に、また一方から考えれば武士は相身互いである、敵といえども皆国の為に死んだ人々だ、そこでこんな時に臨んでも綽々として余裕のある秋山参謀は、つかつかと戦死者の死骸のある所へ歩いて行って、その前に跪き、死骸に対して静かに黙祷した。その黙祷の様子に偽りならぬ至誠の心がいっぱいに溢れていた。敵の艦員はじっとその様子を眺めていたが、その眺める眼にも偽りならぬ感謝の情が動いていた。それ以後、彼等の態度から反抗の色は消えて、尊敬と親しみに似た感情さえ仄見えるようになった。

司令官室に迎えられた私達二人は、暫く待っていると、やがて敵将ネボガトフ少将が現れた。見れば立派な軍服を着ていると思いきや汚れ果てた石炭積の作業服を着ていた。その時初めて知ったのだが、敵艦隊では戦争をする時は作業服を着るのらしい、反対に我海軍ではいづれも戦争に臨んで死を覚悟しているから言わば死装束の意味で、別に用意して置く晴れの軍服を着る。此の一事でも根本精神から既に彼等とは考え方が相違しているのだと、つくづく思った。ネボガトフという人は非常な善良な人で、降伏後早く軍艦内の金庫を受取ってくれ、一旦降伏した以上は艦の物は皆そっちの物だから手をつけるのは嫌だからと言って引渡しの催促をした程の変った人であった。秋山参謀は初め英語でネボガトフ将軍と話し出したが、英語は先方が不得手だったので要領を得なかったから、仏語にして、私が通訳に立った。此時の交渉の内容は既に知られている事だから、此処で説明する必要はなかろう。

ネボガトフ将軍を初め先方の士官の態度は極めて砕けたものだった。所謂大国民の鷹揚さとでもいうのであろうか。

用談が済むと、飯を食べないかと勧める。食べたばかりだから欲しくないと断ると、それなら葡萄酒を飲めと勧めて歓待した。

一時間ばかりの会談で一切の準備交渉を済まし、その後で改めてネボガドフ将軍の方から三笠を訪うて、東郷長官と会見したのである。

出典: 伝記「秋山眞之」(活躍篇【下】)より